JP−TR / 日本−トルコ
  
トルコの観光・伝統文化の総合サイト




HOME


各地の天気

レート

話題のニュース


トルコ共和国

観光

生活習慣

生活

人生

伝統習慣

暦(記念日等)

グルメ


伝統

その他

管理人

ひとりごと
(日記/エッセー)

satomi_antalyaをフォローしましょう

プロフィール



アマゾン族(Amazonlar)


ギリシャ神話によるとアマゾンとは好戦的な女性達から成る国家又は一族のことで、戦争の神アレスとその娘の水の神ハーモニアの子孫達の集団であり、黒海及びカスピ海周辺のカフカス(Kafkas、コーカサス)地方のスキタイ人にその起源を持ち、黒海のシノプ(Sinop)にあるテルメ(Terme)川(Thermodon川、サムソンの東約50km)周辺に定住していたと伝えられています。


一説によると、1年に1度、近郊に住む男性だけの種族ガーガレアン(Gargarean)の男性と子孫をもうける機会を持ち、男児が生まれるとガーガレアンに送るか又は殺害することにより女児のみをアマゾンの一員として育て上げたと言われています。又、別の説によるとアマゾンの中に奴隷として数人の男性を保持し、子孫繁栄目的のみに利用され、しかも手足を切断して反逆に備えていたとも伝えられています。アマゾン種族の一員として生まれてきた少女達は幼い頃から戦争や狩猟、農耕について教育され、狩猟の女神アルテミスを崇拝しました。

内政をつかさどる女王と防衛戦略に勤しむ女王の2人を筆頭に女性達だけによって一国を成す、歴史上、最初で最後の女性だけの独立国だったといいます。女性達は武装し国内防御のみならず、近郊領土へ遠征し、歩兵士・騎馬士達が盾と槍や斧(2面が刃になったもの)を装備し戦いに挑み征服を謀ったのでした。

アマゾンの名前の由来

アマゾンという言葉は南米のアマゾン川とは全く関係のないものです。一族の名の由来となった言葉には多くの説が語られていますが、その中のひとつはイラン語で「戦士」という意味を持つ「ha-mazanハマザン」、又別の説ではギリシャ語で「ひとつの胸がない」という意味を持つ「a-mazos」から派生したものと言われています。これはアマゾン達は弓を引くときに胸があると妨げになるとして、幼い頃に片胸を切り落としたという言い伝えからですが、これには疑問の声もあがっています。他にはカフカス地方の「月」を意味する「mazaマザ」が語源とする説もあります。「月」はアマゾン達が崇拝したアルテミスの象徴とされているからです。

「イリアス」に登場するアマゾン族

アマゾン族はホメロスが紀元前8〜7世紀に書いた「イリアス」において書物として初めて登場します。紀元前1250年頃に起こったとされるトロイ戦争においてはアマゾン達が支援にかけつけ、ギリシャ軍と勇ましく戦ったと記載されています。(「トロイの木馬」もご参照ください。)しかし、古代ギリシャ人達がテルメ川周辺に領土を広げた際には既にアマゾン達が存在しなかったため、ヘラクレスにより滅亡させられたと信じられていました。

伝説

アマゾン族に関する伝説は数多く残されていますが、その中でも有名な一説を紹介いたします。

《ヒッポリュテ(Hippolyta)の黄金の帯》(他説あり。)
ギリシャ神話でよく知られる英雄ヘラクレスはエウリュステウスを主人としていたのですが、自由の身になるための条件として12の難業が課せられました。この12の難業を果たした結果、ヘラクレスは自由を獲得すると同時に不死身となったのです。その12の難業の中の9番目に登場するのがアマゾンの女王の所持品である金の帯を奪う事でした。

ヒッポリュテ(又はヒポライトHippolyta)はアマゾンの偉大かつ美しい女王として知られていました。彼女は戦争の神アレスから女王の証として贈られた黄金(一説には革)の帯を携えていました。エウリュステウスは自分の娘にこの金の帯をプレゼントしたいと考え、ヘラクレスに奪い取るように命じたのでした。

ヘラクレスが船でアマゾン達の地へ到着した時、ヒッポリュテは船を出迎えます。そしてヘラクレスを見た瞬間に彼に一目惚れ。この地に来た理由を知り、ヒッポリュテは金の帯をヘラクレスに捧げる事をおしげもなく約束したのでした。しかしヘラクレスの敵で復讐の女神ヘラがこれを知り、妨害するためにひとつの計画を企てました。それはヘラ自身がアマゾンの戦士に変装し、ヘラクレスがヒッポリュテ誘拐するためにやって来た、という噂をでっち上げ、アマゾン達に戦いを挑ませヘラクレスを殺害しようとたのでした。

ヘラの噂を聞いたアマゾン達はすぐに武器を装備し馬に乗り、ヘラクレスを殺害するために戦い開始。しかし、アマゾン達が船に向っていると知ったヘラクレスはヒッポリュテが陰謀を謀ったと誤解し、すぐに彼女を殺害し黄金の帯びを取り外して持ち去りエウリュステウスに捧げたのでした。

アマゾンの都市

アマゾン達が築いた都市として知られているものは、エフェス(エフェソス)/セルチュク、スミルナ/イズミール、シノプのほかにも多くが上げられ、エフェスの街の名はアマゾンの女王エフェシアから名づけられ、セルチュクのアルテミス神殿はアマゾン達によって作られたとも伝えられています。又、エフェス古代都市遺跡内のハドリアヌス神殿のレリーフにはアマゾンの戦いが描かれています。(ただし、本物はエフェス博物館で展示されています。)


芸術

古代よりアマゾン族と考えられる女戦士を描いた壷や彫刻が多く発見されています。又、アマゾン達はのちに多くの彫刻家や画家により作品化されました。初期の頃は胸をはだけて武装した女性、紀元前5世紀頃には帽子とズボンを履いた女性としてそのイメージが作り上げられたのでした。又、17世紀の画家ルーベンスも「アマゾンの戦い」(左の写真)
として名画を残しています。




神話?それとも実話?


アマゾン達の存在は、単にギリシャ神話での逸話にすぎないのか、それとも実際に存在した歴史上の話なのか。多くの学者達は古くから現在に至るまでアマゾンの存在を探求し続けています。


カテゴリー: その他 − 伝説 − アマゾン族


HOME



©Copyright 2004 JP-TR