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オスマントルコ帝国

オスマントルコ帝国とは13世紀後半から1923年までの600年以上もの期間、現在のトルコを中心として領土を拡大しながら繁栄した大帝国です。

背景

中央アジアに住むトルコ民族系各種族達が遊牧生活の後アナトリア(小アジア)に移住をはじめしたが、その中でもオスマン一族として知られる一族は11世紀にセルジュク一族の傭兵としてアナトリアに入ったものの13世紀後半には一族の独立を宣言し、アナトリアの北西地域に小さな公国を築きました。これをきっかけとしてオスマン ガジ(Osman Gazi 1258〜1326年)を首長とする一族が次第に権力をもち始め、のちに彼の名前をとったオスマントルコ帝国誕生することとなったのです。

オスマントルコ帝国の拡大

オスマンが1299年故郷ソウト(Sogut)を中心にビレジク(Bilecik)、イェニケント(Yenikent)、イネギョル(Inegol)、イズニク(Iznik)を領土に加えたことからオスマントルコ帝国の基礎を築くこととなりました。そしてその後も着実に新たな領土を加えながらオスマンの息子オルハンにより大きな目標としていたブルサ(Bursa)を獲得、1326年にはブルサを首都としてオスマントルコ帝国を確立しました。そしてオルハンはスルタンとして特別な衣装を身につけ、帝国の硬貨を鋳造し、歩兵達に白の制服を新調し給料を支給することとなりました。

オスマントルコ帝国は1362年に首都をブルサからアドニアノープル(現在のエディルネEdeirne)に移し新たな一歩を踏み出すこととなります。オルハンの息子ムラト1世は、1369年までに領土をブルガリアやマケドニアにまで広げることに成功します。又、ムラト1世は軍隊を再編成しイェニチェリ(新軍)として改革したことでも有名です。

その後のオスマントルコ帝国は一気に領土拡大が進みます。

1453年メフメト2世(征服王メフメト)がビザンチン帝国の首都として栄えていたコンスタンチノープルを陥落させイスタンブールと名称を変更、オスマントルコ帝国の新たな首都として治めることとなります。メフメト2世はビザンチン帝国時代のキリスト教国家からイスラム教徒の国として発展させるためにイスタンブールの都市改革を始めます。アヤソフィアを始めとするキリスト教会の多くをイスラム教徒のモスクに改装、若いキリスト教徒達をイェニチェリのエリートとして抜擢しました。このようにオスマントルコ帝国は政治的・地理的観点からイスラム教徒の国として着実に発展の道を歩み続けることとなりました。

16世紀にオスマントルコ帝国の最盛期を迎えます。スレイマン1世の頃オスマントルコ帝国の権力と領土はほぼ最大となりました。スレイマン1世はイスタンブールの街を中心に大建築家ミーマール シナンにより美しい建造物を建てさせ、当時、イスタンブールは世界で最も美しい街として知られるようになりました。又、芸術を愛するスレイマン1世は美術や音楽、文学などでもイスラム世界の最高のものを作り出すことに成功させたのです。もちろん政治的にも法律を充実させ帝国の管理に努めました。

オスマントルコ帝国の衰退

スレイマン1世の後、オスマントルコ帝国はゆるやかに衰退の途をたどることとなりました。これには多くの理由が挙げられますが、多くの対戦による軍事費の増大や国内の物価急騰などによる民衆の反乱、軍隊の最高指令者であり内政を管理するパシャ達が権力を強めてきたために帝国内の管理が不十分となり少なからずも内紛が起こると同時に、周辺諸国が次第に勢力を上げ重なる敗戦による痛手を被ったことなどが主な理由として考えられています。

そんな中17世紀後半から18世紀前半にかけて西洋文化を積極的に取り入れながらもトルコ原産であるチューリップをモチーフとしたデザインが流行を極め、「チューリップ時代」と呼ばれる文化的最盛期を迎えることとなります。しかし近代化を進める西洋と中世の思想をそのまま受け継ぐオスマントルコ帝国は産業や経済的基盤の差が大きく広がり、浪費的宮廷生活に対する民衆の反感を募らせることとなります。

その後第1次世界大戦敗戦後外国勢力がアナトリアを占領しはじめたことなどから人々が民主的思想を一層高めトルコ民族達による新たな独立に対する願望が強くなりなじめます。そして、ムスタファ ケマル パシャ、のちのアタチュルクによる独立戦争の成功により、オスマントルコ帝国は解体され、1923年国民のための民主主義国であるトルコ共和国が誕生することとなりました。


オスマントルコ帝国に関する書籍

*「オスマン帝国―イスラム世界の「柔らかい専制」」・・・オスマントルコ帝国誕生から大帝国に至るまでをわかりやすくまとめた解説書
*「オスマンvs.ヨーロッパ―〈トルコの脅威〉とは何だったのか」 ・・・オスマントルコ帝国のみならずヨーロッパを視点に入れて包括的に歴史を理解できるお薦め本


◎当サイト内「オスマントルコ帝国歴代のスルタン達」コンテンツ(歴代36人のスルタン達の顔と概略) もぜひご一読ください。




カテゴリー: トルコ共和国 − 歴史 − オスマントルコ帝国


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