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エフェソス(エフェス)古代都市遺跡(Efes Antik Sehiri)



セルチュクの街からエフェソス古代都市遺跡へはミニバス又はタクシーが便利。徒歩だと約30分程度、距離は約3km。遺跡には2つの出入口(チケット売場)がありどちらからでも入退場可能。参考までに、下記地図右側オデオン近くの入口から入ると坂を下りながらの観光、地図左上の大劇場近くからだと、昔のVIPが入り見た順路と同じとなります。

エフェス古代都市遺跡近郊の観光地についてはセルチュク及びエフェソス・セルチュク観光でご確認ください。






アルカディアン又はハーバー通り(Liman Caddesi)











古代ギリシャ時代後半に作られた通りで、かつては大劇場から港に通じていました。アルカディウス皇帝の時代(西暦395〜405年)に修復されたため通りの名前はハーバー及びアルカディアン両方の名前で親しまれています。長さ500m幅11mの通りは大理石が敷かれ、歩道はモザイクで飾られ、通りの両側には商店が建ち並んでいました。多くの要人が港からこの道を通りエフェソス古代都市へ入りました。


大劇場(Buyuk Tiyatro)











古代ギリシャ時代にパナユル(Panayir)山の傾斜を利用して建てられ、その後西暦1〜2世紀に修復されたもの。約24,000人を収容し、舞台とオーケストラのスペースが作られています。半径151m、220度、高さ約30m、トルコで最も大きな古代劇場です。

当時上演は午前中に行われ、開演前にはディオニソスにいけにえを捧げました。役者は全て男性で全員がマスクを着用していたといいます。ローマ時代には剣士達の闘いが、その後も演説や会議の場として利用されました。現在もフェスティバルの会場として世界中からのバレエや演劇が上演されたり、多くの有名人がこの大劇場を利用してコンサートを開催したりしています。レイ・チャールズ、スティング、ジェームス・ブラウン等もここでコンサートを開きました。


大理石通り(Mermer Cadde)











大劇場からセルシウス図書館に続く大理石が敷かれた通りです。この道は馬車用に作られたもので今でも轍(わだち)が見られます。又、この道路の下には人が通れるほどの大きな下水路が作られています。

この通りの途中(西側)の大理石の上には、世界最古の広告として知られる売春宿を示す絵が彫られています。冠を着用した女性、ハート、そして売春宿の方向を示すために左足の絵が描かれており、「女王様のように美しい女性と一緒に愛を育みたいのなら、このまま進むと左側に彼女が待っています。」という意味だと解釈されています。


商業アゴラ(Ticaret Agorasi)











エフェスの重要な場所のひとつと考えられている商業や政治の中心として利用された幅111mの広場の中央には日時計がありました。当時数百とも言われる彫刻で飾られていた言われています。


セルシウス図書館(Celcus Kutuphanesi)









西暦135年、ローマ帝国アジア地区の執政官であったセルシウスの死後、息子が父に捧げるために建てたもので、セルシウスの石棺は図書館の中に収められました。

2階建ての正面には知恵、徳、知能、知識の4つの女性像などが美しく施されていました。(オリジナルはウィーンにあります。)約12,000冊所蔵の図書館は、当時、ベルガマ、アレキサンドリアと共に世界3大図書館として知られていました。


公衆トイレ(Tuvalet)











石で出来たベンチのような形をし、座部に穴があいているものでそれぞれの間に仕切りはありませんが下水道は完備されていました。当時浴場と同様に情報交換の場として使用されていたと考えられています。


ハドリアヌス神殿(Hadrian Tapnagi)










紀元前2世紀にハドリアヌス皇帝に捧げるために作られた神殿。ハドリアヌス皇帝はアテネからこの街に紀元前128年に訪問したと伝えられています。この神殿の門を入ったドアの上の両側にはエフェスの街の作られた様子が彫刻で飾られており、アンドロクロスが猪を撃つ様子やアマゾン族も登場。ただしオリジナルはエフェス博物館所蔵。




クレテス通り(Kretler Caddesi)












エフェそソスのメインストリートで両側には軒のある歩道と商店が建ち並んでいました。又多くの彫刻も飾られており一部はセルチュクの街にあるエフェソス博物館で展示されています。この通りに敷かれている大理石の下にも下水道が完備されていました。



富豪の家(Yamac Evler/Zengin Evleri)











2〜3階建ての家が並ぶところには西暦1世紀頃のエフェソスの富豪達た住んでいたと考えられています。壁はフレスコで飾られ床はモザイクが敷かれ、中庭のある家の構造となっています。壁にパイプが通され温水により温められるセントラルヒーティングの設備が施されていました。パイプの一部等はエフェソス博物館に展示されています。


オデオン(Odeon)











大劇場と基本的には同じ構造ですが、週用人数は1,400人と規模は随分と小さいものです。主に演奏会で使用されていたもので演奏会が行われない時には政治集会などにも使用されていました。雨水の排水溝があることから木製の屋根が取り付けられていたと考えられています。



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