JP−TR / 日本−トルコ
  
トルコの観光・伝統文化の総合サイト




HOME


各地の天気

レート

話題のニュース


トルコ共和国

観光

生活習慣

生活

人生

伝統習慣

暦(記念日等)

グルメ


伝統

その他

管理人

ひとりごと
(日記/エッセー)

satomi_antalyaをフォローしましょう

プロフィール



ナスレッディン ホジャ(Nasreddin Hoca)

      ナスレッディン ホジャは、1208年中央アナトリア西部のホルロゥという街で生まれました。1237年にアクシェヒルの街に移り1284年に死去するまでの間、2人の師のもとでイスラム教を学び続けました。彼はイスラム教裁判官(カドゥ)や哲学者であると同時に大変ユーモアのセンスがある賢者でした。彼のユーモア話や教訓はトゥルキック民族の間で語られ、ペルシャやアラビア、アフリカにまで広がり、その後インドや中国へもシルクロードを経て伝わりました。1996年にはナスレッディン ホジャの名前がユネスコ(UNESCO)で正式に認められ、名実共に世界に広がりました。

  現在、ナスレッディン ホジャの沢山のお話が各国で翻訳され本となっています。そのいくつかのショートストーリーをここで紹介しましょう。

 

後ろ向けにロバに乗る

ある日、ナスレデエィン ホジャはロバの背中に後ろ向けに乗っていました。
男)−「ホジャ、あなたはロバに後ろ向けで乗っていますよ!」
ホジャ)−「いやいや、私はロバの後ろ向きに乗っているのではありません、ロバが逆を向いているだけなのです。」

鍋の出産

ある日、ホジャは隣人に大きな鍋を借りました。数週間過ぎても彼は鍋を返しませんでした。そこで隣人はホジャを訪ね鍋を返すように告げるとホジャは謝罪しながら、「ああ、ごめんなさい、鍋を返すのをすっかり忘れていました。あ、そうそう、でもひとつ良いニュースがありますよ。この大きな鍋を借りている間にこの鍋が出産したんだよ。小さな鍋が生まれたよ。」
隣人は貸した鍋が2つになったため大喜びしてその2つの鍋を持ち帰りました。

数週間後、ホジャは再び隣人に大きな鍋を借りに行きました。もちろん隣人は以前の経験から喜んでホジャに鍋を貸しました。その後、数週間経っても隣人のもとに鍋は返ってこなかったため、隣人は再びホジャのもとを訪れました。するとホジャがとても悲しそうな顔をして言いました。「あの大きな鍋をお借りしている間に、鍋はとうとう死んでしまったんだよ、、、。」

すると隣人は怒って、「鍋が死んだ?私はそんな話を信じるような馬鹿な人間じゃないよ。」と言うとホジャは笑って言いました。「じゃあどうして鍋が出産したということを信じたんだい?」

ホジャと物乞い男

ある日、ホジャは、屋根のタイルを直すためにはしごを使い屋根に登って作業をしていました。もうすぐ作業が終わるという頃、突然「こんにちは!」と言う声が聞こえたので下を見ると汚れた洋服を着た見知らぬ男が立っていました。ホジャは「何の用だね?」とたずねると男は「ちょっと降りてきてください、そうしたら私は用事を告げますから。」と言いました。ホジャは少し面倒に思ったのですが、男が丁寧に頼んだのでやむなくはしごを降りていきました。

ホジャが再び「さて、何の用事なんだい?」と聞くと男は、「私に少しのお金を恵んでくれませんか?」と頼みました。ホジャは少しの間、考え込みました。そしてはしごを昇りながら「私についてきてください。」と告げると男はホジャの言葉どおり、はしごを登り始めました。そして屋根の上で並んで座りしばらくするとホジャは男に向かって一言。「いいえ。」

ホジャとサズ(トルコの弦楽器)

ある日、男がホジャに尋ねました。「ホジャ、あなたはサズが弾けますか?」するとホジャは「勿論。」と答えたので男が彼にサズを手渡しました。ホジャはサズを手に取り、「ブブブブブブブ・・・・・」と同じ音を何度も何度も鳴らし続けました。数分後、男はあきれて「ホジャ、あなたは同じ音を弾いているだけではないですか。サズ奏者はもっと指を上へ下へと動かしながら音を出していますよ。」と、告げるとホジャは「それはな、サズ奏者は私が見つけたこの音を探しつづけているからだよ。」と誇らしげに言いました。


ナスレッディン ホジャの書籍


*「ホジャの笑い話〈1〉トルコの民話
*「天からふってきたお金―トルコのホジャの楽しいお話


カテゴリー: その他 − 有名人 − ナスレッディン・ホジャ


HOME



©Copyright 2004 JP-TR