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10月3日EU加盟交渉開始 〜ひとりごと第39回〜

ドラマは10月2日に始まった、、、。

トルコのEU加盟交渉を翌日に控え、EU加盟国25カ国のうちオーストリアだけが、トルコのEU加盟交渉開始に難色を示していたのです。「トルコは‘準加盟国’とするべきである」という意見を貫き、24カ国がオーストリアを説得する形で2日EU外相理事会がルクセンブルクで緊急開催。会議は難航し、深夜になっても結論を得られず、翌日に会議を再開することとなったのでした。

EU正式加盟に至るまでには大きく3段階あり、その第1段階としてEU加盟交渉を始めるべきかどうかの決定。第2段階はEU加盟交渉開始。第3段階はEU正式加盟ということになります。

第1段階である加盟交渉を始めるかどうかについては、昨年(2004年)12月17日のEU会議により、トルコとEU加盟交渉をすべく、2005年10月3日に加盟交渉を開始すると決定。これによりトルコは第2段階となる2005年10月3日のEU加盟交渉開始を特別な思いで待ちつづけていたのです。何しろ42年間もの長い間、EU加盟を望みつづけていたのですから。

キリスト教国家から成るEUが本当にイスラム教国であるトルコを受け入れる、というその歴史的な日を前に暗雲が広がり始め、世界が注目する中、EU外相理事会は3日午前より再開されました。

オーストリアのPlassnik外相(写真右)は午後になってもトルコの‘準加盟国’扱いにするべく主張をし続けたのです。同時に現在棚上げされているオーストリアの友好国であるクロアチアの加盟交渉を開始するように強く求めていたため、10月3日18時に予定されていた加盟交渉開始は延期するとの知らせがトルコに入ってきたのです。

オーストリアの強固な態度にEU側はトルコに「準加盟国として交渉を開始」という打開案を示唆。しかしトルコのエルドアン首相(写真左)は強かったのです。「正式加盟しか認めない。さもなければ我々は今後独自の道を歩んでいく!」と回答。両者譲らぬ態度で向かい合ったのでした。しかも以前よりトルコは「10月3日」を目標にしていたため、EUに対して「延期は許されない!」という意思を常に崩さなかったのでした。「10月3日」を選んだのはEUであり、約束は守るべきである!というトルコのEUに対してのプライドもあったのかもしれません。

しかし夕刻になって事態は急展開。EUがクロアチアの加盟交渉開始を決定、オーストリアもトルコを正式加盟国とすることを承諾。これによりEUは正式文書をアンカラに送付すると共にトルコのギュル外相を加盟交渉開始の式典に正式招待。アンカラでは書類を確認した後、トルコのギュル外相が21:45特別機によりルクセンブルクに向け出発。

結局トルコのギュル外相がルクセンブルクの式典会場に到着したの時には、もうすでに日付が変わっていました。しかし、英国外相ストロー氏のはからいで、「EUの時計は23:58で止まっている。」として、お互いに10月3日にこだわったトルコのEU加盟交渉開始の調印は、約束通り2005年10月3日に行われたとして歴史の1ページを飾る事となりました。(写真左がギュル外相、右は英国ストロー外相)

こうしてトルコのEU加盟交渉は無事開始の運びとなったものの、第3段階である正式加盟までには少なくとも10〜15年はかかると予想されています。大きなターニングポイントを通過したトルコ。これから正式加盟まで道は一直線に続いているのですが、多くの問題が山積みにされているのは現実。ギュル外相の言葉を借りると「道はアスファルトではない」のです。そう、山あり谷ありの長い長いデコボコ道が続いているのです。

(2005年10月5日)


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